Runpippi


スプリンターのストライド

1. はじめに

  福島千里選手がバーベルを担いで足を前後にステップしているニュース映像を覚えていますか。
今では逆さ宙づりの腹筋運動というセンセーショナルな映像にすっかり押しやられていますが。

本稿は「バーベルを担いだ小刻みなジャンプ」がスプリントを磨くために理に適ったトレーニングである
ことを、ストライドの視点から論じてみます。
 
2. 福島選手のレースピッチとスピード

  福島千里選手が2010年の第94回日本陸上競技選手権大会で記録した100m走のデータです。
  予選:11"55、 51歩  準決勝:11"38、 52歩  決勝:11"30、 54歩  
  歩数データは北海道文化放送・近田アナウンサのブログを参照しました。
  http://kondahomare.asablo.jp/blog/2010/06/10/5151094

このデータを「T.ピッチとスピード」で引用した山西先生のデータに重ねてみましょう。
□が3つ並んだ右端の黒グラフが福島選手のデータです。
これを評すれば、「ピッチの増加に対してスピードの伸びが鈍い」ですが、この特徴は他の選手も
同様です。

 
3. 低ピッチと高ピッチの走りの違い

  ANDO氏他は低ピッチで「ピッチの増加に対してスピードにも伸びがあります」
低ピッチ170〜200[歩/分]辺りの走りと高ピッチ270[歩/分]辺りの走りは何が違うのでしょう?
まず、このあたりから分析してみましょう。

福島選手の高ピッチの近似直線は
  スピード=0.00857×ピッチ + 6.41   @
ANDO氏の低ピッチの近似直線は
  スピード=0.0588 ×ピッチ − 3.91   A

これらの式からストライドの式を求めましょう。
スピード[m/秒]=ストライド[m/歩]×ピッチ[歩/秒]  ですから   B
スピードをピッチで割るとストライドが得られます。
ピッチの単位を[歩/分]から[歩/秒]に変換して、@、Aそれぞれの両辺をピッチで割ると、
  福島選手のストライド[m]=0.00857×60 + 6.41/ピッチ[歩/秒] C
  ANDO氏のストライド [m]=0.0588 ×60 − 3.91/ピッチ[歩/秒] D
ピッチが増えると福島選手のストライドは減少します。「6.41/ピッチ」がどんどん小さくなるためです。
一方、ANDO氏のストライドは増加します。「−3.91/ピッチ」は引き算する量が減るので、その結果は 増加になります。
以上から、低ピッチの走りと高ピッチの走りはストライドの増減が逆になることが分かりました。

福島選手はストライドを維持できれば、あるいは減少を小幅にとどめればスピードが伸びる筈です。
何がストライドを減少させているのでしょうか。
 
4. ストライド減少の犯人は?

  ストライドの構成を考えると何か分かる気がします。やってみましょう。
   ストライド=接地距離+跳躍距離   E
接地距離は、支持足が接地している間に重心が進む距離です。
跳躍距離は離地後の跳躍でに重心が進む距離です。
跳躍距離はVx・Vy/4.9で近似できるので
   ストライド=接地距離+Vx・Vy/4.9  F
ここにVxは離地時の前向速度、Vyは離地時の上向速度です。

この接地距離、Vx、Vyの中にストライドを減少させる犯人が居るはずです。推理してみましょう。

ピッチの変化があったとき、腿やスネの振れ角はわずかに変化するだけですから接地距離はほとん ど変化しません。よって接地距離はシロです。
Vxはどうかというと、福島選手はピッチを増やしてスピードが上がっているので、F式のVxは増加して おり、これもシロです。
従って、ストライドが減少するのはVyが減少するためだ、と言えます。
犯人は離地時の上向速度です。
 
※跳躍距離とスピードの関係について補足します。
  F式でVyだけを速くしてもVxが同じならば、スピードが変わらないと思われるかも知れません。
  しかし、跳躍中のスピードは接地中の平均スピードよりも速いため、跳躍距離が伸びるとスピード
  ア ップになります。接地中のスピードが遅いのは着地ブレーキや接地抵抗の為と考えられます。

5. 上向速度の加速過程

  接地して腰が最も低くなったとき、上向速度は0[m/秒]です。
ここから上向きに加速して、跳ねるのです。
福島選手の場合、上向速度は0.6〜0.7[m/秒]程度、跳躍の高さは2[cm]程度、上下動幅にして4[cm] 程度であろうと推測します。

  ここで、400mスプリンターの上向き加速の様子を見てみましょう。



図は、体の重心に近い「腰」の加速度です。
ランナーが巡航スピードに乗ったからと言っても、腰部は決して等速直線運動ではなく、1歩毎に激し い加速と減速を受けています。図は連続する2歩の波形を複数本、重ねて描いたものです。
青線が上下方向の加速度です。緑線は左右方向、赤線は前後方向の加速度です。
0.1秒過ぎで青線が6[G]に達するピークを打っていますが、このピークは接地中に腰の位置が最も 低くなったときの加速度です。
青線の山の左半分が着地衝撃を受け止めて沈み込む過程で、山の右半分が上向き速度を増やし て伸び上がる過程です。


加速度は力学的な力に比例するので、青線は筋力発揮の様子に他なりません。
青線の山は幅が0.05秒程度しかなく、よっこらしょっ!と持ち上げるような力ではないのがお分かり でしょう。
パンとはじける強烈なパルスです。100m走ではこれを両足で約50発、パンパンパンと打ち続ける のです。

ピッチが増えると、一歩の時間が短くなります。図で言えば青線の山の間隔が狭くなり山の幅も狭 なります。傾向としてピッチの増加に従ってピークも高くなって行きますが、幅の減少に付いて行け ず、青線の下側の面積は狭くなり、その結果、上向加速の総量が少なくなって上向速度の低下 に至るのです。

青線の下側の面積を増やすには、ピーク高を高めるのがひとつの方法です。
 
6. まとめ

  福島選手がやっていた「バーベルを担いだ小刻みなジャンプ」は青線のピーク高を高めるト レーニングであり、ストライドの減少を小幅に食い止めるものでした。
「ピッチの増加に対してスピードの伸びが鈍い」と評しましたが、もしこのトレーニングをやって いなかったら、この伸びすら無かったかも知れません。


  意義が分かった上のトレーニングであれば、モチベーションが上がるし、重みの置き方さえ変わっ て来るでしょう。ジャンプ系のトレーニングを再評価してみませんか。


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体に荷重を掛けるトレーニングとして、混成競技のjuathleteさんが「シャフト担ぎダッシュ」を提唱され ています。バーベルの錘を外してシャフト(20kg)だけを使うダッシュです。
http://juathlete.exblog.jp/9202828/


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「腰部の加速度とスピードの関係」もご覧下さい
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